さりてゆふさり 歌詞について

2023/08/07

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ゆらり 風が止まる
蜜柑色の夕凪
ひぐらしの遠い声
背の高い綿雲

汀の言葉は、小波にさらわれて。

あの日の色も
あの日の線も
淡く掠れて、凪の景色にただ溶けていくだけ。

ぽつり 雨が落ちる
縹色の夕立

自分の足音、滴に流されて。

あの日の音も
あの日の声も
淡く掠れて、雨の音色にただ消えていくだけ。

独りの部屋に這入る夜風は、
乾いた頬を、何も言わずにただ撫でていくだけ。



「さりてゆふさり」は寂寥感の歌です。

題名はいわゆる歴史的仮名遣いで、読み方は「さりてゆうさり」になります。
漢字にすると「去りて夕去り」です。

これには
「色々(時、物、記憶など)が私の元から去ってしまって、今日の夕方がやってきた」
という意味を込めています。

――何か記憶の中の出来事を思い出そうとしたとき、五感まで揃えて完全に復元できることは極めて稀ではないでしょうか?

この曲のデモを初めて聴いたとき、私はそれを強く自覚しました。
メロディによって何か夏の夕方の記憶を引きずり出され、その情景を目の当たりにしたのですが、それはあまりにも曖昧だったのです。
思い出が確かにあって、出来事も憶えているのに、仔細な情報は失われていて、記憶は抽象化していました。
勿論それは当然のことで、理解はできるのです。
しかしながら、そのことに自覚的になると、やはり寂しいと思いました。

この曲の詞には、そのことをそのまま書きました。

ただ詞を書くにしても、詳細な情景は描けません。何せ失ってしまっていますから。
ですから、歌詞に大した意味はありません。
描かれる情景がやたらとステレオタイプ的なのも、詳細な記憶が失われているからです。

この曲を聴いて下さる方々には、この意味のない曖昧な歌詞に、自分の曖昧な記憶を重ねて頂けると嬉しいです。
そして一緒に、今日の夜には失われているであろう、今日の夕方の景色を眺めてもらえればと思います。